銭形平次捕物全集

銭形平次捕物控の初出誌調査状況(その4):

 初出誌調査状況その3に引き続き、ここでは河出書房版全集の書誌で昭和25年以降に発表された作品とされているものについて説明を行ないます。

●女護の島異変
 この作品も同光社版全集では「不明」となっているものを、河出書房版では「書下し」にしてしまっていて、旺文社文庫の「随筆銭形平次」の書誌では「小説世界」昭和25年1月号~5月号に訂正されていて、文春文庫の「銭形平次傑作選」ではこれを引き継いでいます。
 ただ実際に神奈川近代文学館と日本近代文学館に収蔵されている「小説世界」を見てみると、確かに昭和25年の1月号で始まっていますが、終わったのは5月ではなく、3月号で完結しているのです。それぞれ「発端編」「発展編」「完結編」と名付けられた3部作なのでした。旺文社文庫の「随筆銭形平次」の誤記を、文春文庫の「銭形平次傑作選」では鵜呑みにして転記してしまったことがわかります。


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●名画紛失
 同光社版全集の書誌では記載漏れになっている作品で、河出書房版全集では「昭和25年キング臨時増刊」となっていて、それが一連の書誌で引き継がれてきました。ところが国会図書館や日本近代文学館のように、キングについてはかなり揃っている図書館にも、昭和25年に出された臨時増刊号がないのです。キングは講談社の看板雑誌でしたから、発行部数も多く、図書館にもきちんと残っていておかしくはないので、一連の書誌で25年の臨時増刊となっているのには困惑しました。
 ところが読売新聞社のデータベースの「ヨミダス歴史館」で古い讀賣新聞の広告を調べていましたら、昭和23年に9月に「キング別冊」という本の広告があり、これに「銭形平次」と書かれていることがわかりました。日本近代文学館にはこのキング別冊第一号が収蔵されていて、それに「名画紛失」が掲載されていることが確認できたのでした。また、その後この本を古書店で購入することができました。
 おそらく昭和23年のキング別冊の存在は知られていたのだと思いますが、残念ながら広告には単に「銭形平次」とだけ記載されているため今まで見逃されてきたのだと思います。

●怪盗系図
 同光社版全集の書誌で「地方新聞昭和25年」となっているのを一連の書誌が引き継いでいます。ただ、「国民の文学」では「報知新聞」に書き換えてしまっています。
 この作品を収録した単行本「新大衆小説全集(10)」の中で野村胡堂は「朝日の協力新聞に連載したもの」と記述しているので、それを手掛りにして調べたところ、夕刊新東海(新東海新聞社)の昭和23年2月13日号から連載が始まっていることが現物確認できました。

●蔵の中の死
 一連の書誌で「昭和25年掲載誌不明」となっているものです。ところがこの作品は昭和25年1月25日に発行された講談社「長篇小説名作全集1」に収録されていますので、本の編集、印刷、製本の手番を考えますと、どう考えても昭和24年の秋以前に雑誌に掲載されたものと考えるべきです。ただし、結果的には筆者も初出誌を突き止めることはできていません。
 同光社版全集のこの作品を見てみますと、「小判形の八五郎こと、一名順風耳のガラッ八」とか「銭形平次――江戸開府以来と言われた捕物の名人平次」という説明が行なわれていますので、それまでに銭形平次捕物控の連載が行なわれていない雑誌に掲載された作品であることは見当がつきます。この作品だけで連載が行なわれずに単発で終わったものとすると、掲載誌を探すのはとても困難でしょう。


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●艶妻伝
 同光社版、河出書房版では「昭和25年掲載誌不明」とされていたのが、旺文社文庫の「随筆銭形平次」で「月刊読売別冊昭和24年2月号」に手直しされ、文春文庫の書誌は「月刊読売臨時増刊昭和24年」に改めています。誌名は「月刊讀賣臨時増刊」が正しく、昭和24年2月5日発行でした。

●鍵の穴
 同光社版、河出書房版では「昭和25年掲載誌不明」とされていたのが、旺文社文庫の「随筆銭形平次」で「小説の泉昭和23年5月号」に修正され、文春文庫の書誌はそれを引き継いでいます。この本の現物は確認できていませんが、読売新聞のデータベースで、讀賣新聞昭和23年5月15日号に小説の泉の広告が見つかり、そこには「鍵の穴」という作品名も記載されていました。この当時の小説の泉は不定期刊であったので誌名は「小説の泉第二集」が正しいです。

●江戸の恋人達
 一連の書誌で「昭和25年サン写真新聞」となっているのを、「国民の文学」では「報知新聞」に書き換えてしまっています。この一つの事例だけでも「国民の文学」の書誌は全くダメと言わざるを得ません。そもそも書誌や年譜を書くための基本的な素養がないと思われるのです。もちろん報知新聞には掲載されていません。
 この誤記のために筆者は4年分のサン写真新聞を国会図書館で閲覧する羽目になったのですが、結果的には「江戸の恋人達」は昭和23年6月1日から同年10月31日に掲載されていることが確認できました。
 サン写真新聞に掲載されている野村胡堂の作品は、この「江戸の恋人達」だけで、「恋文道中記」はサン写真新聞には掲載されていないのは前述の通りです。


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●女御用聞き
 同光社版全集と河出書房版全集では「昭和26年神戸新聞・北国夕刊」としていて、旺文社文庫と文春文庫では「昭和26年神戸新聞・北陸夕刊」としています。「国民の文学」では「報知新聞」に書き換えています。
 しかし実際には昭和26年の神戸新聞、北国夕刊、北陸夕刊、報知新聞のいずれにも掲載されていませんでした。
 この作品についても戸田和光さんが、昭和27年の夕刊秋田魁新報に掲載されていることを見出されていて、筆者も昭和27年4月29日から5月25日にかけて掲載されていることを確認しました。

●地獄の門
 一連の書誌で「昭和26年地方新聞」としていて、「国民の文学」では「報知新聞」としています。戸田和光さんが、昭和25年の秋田魁新報に掲載されていることを見出されています。ただし秋田県立図書館で実際にマイクロフィルムを当ってみると、昭和25年5月8日に「地獄の門」を掲載したのは「夕刊秋田」(夕刊秋田新聞社)で、8月1日から秋田魁新報社と統合したことによって、「夕刊秋田魁新報」となり、10月20日に連載は終了していました。

●処女神聖
 一連の書誌で「読物と講談昭和26年10月号」とされているのですが、実際には「読物と講談」の昭和26年10月号には処女神聖は掲載されていません。
 「読物と講談」は国会図書館や日本近代文学館でも欠号が多いので、この初出誌探しはたいへん苦労しました。ただ、「読物と講談」はそこそこメジャーな雑誌だったので、きちんと広告を出していると考えられたことから、読売新聞のデータベースで調べてみると、昭和25年10月16日付の読売新聞夕刊に「別冊讀物と講談 新作捕物まつり号」の広告が掲載されていて、「処女神聖」が掲載されていることが分かりました。その後、古書店で出物があり現物を購入することができました。奥付の発行日は昭和25年10月20日となっています。


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●娘変相図
 「国民の文学」で「報知新聞」としている以外は、一連の書誌で「昭和26年地方新聞連載」としています。この作品についても野村胡堂は「新大衆小説全集(10)」の中で「朝日の協力新聞に連載したもの」と記述していることから、夕刊新東海(新東海新聞社)の昭和24年10月12日号から連載が始まっていることが現物確認できました。他に大阪日日新聞、四国新聞、夕刊はこだてにも連載されています。

●小判の瓶
 一連の書誌で、「昭和26年掲載誌不明」となっている作品です。この作品も戸田和光さんが「東京」昭和23年5月号に掲載されていることを見出されています。筆者もプランゲ文庫のマイクロフィルムによって現物確認ができました。さらにその後、古書店で現品を購入することもできました。
 なお、オール讀物の昭和25年12月号の今では「五つの壺」とされている作品の、掲載時の題名は「小判の瓶」でした。それが同光社版全集では「五つの壺」に改題されているのです。おそらくその理由は、こちらの「小判の瓶」の方が発表が早く、昭和25年1月25日に発行された講談社「長篇小説名作全集1」にも収録されていますので、後から重複した表題としたオール讀物の昭和25年12月号の方を改題したと思われるのです。

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●貧富問答
 書誌自体はごくこまかい点を除けば誤りではありませんが、図書館に収蔵されていないために長らく現物確認ができていませんでした。この「讀切小説集」という雑誌は荒木書房新社が出していたのですが、古書店の在庫を見ている限りでは、昭和20年代後半は増刊号ばかりで月刊の本誌に相当するものが見当たりません。
 昭和29年11月16日の読売新聞朝刊に、「本日発売」と書かれた「増刊讀切小説集 捕物祭り」の広告が掲載されていて、貧富問答が掲載されていることがわかりました。その後、横溝正史の研究をされている岡崎弘様が、この「読切小説集 捕物祭り」を蔵書されていることを知って問い合わせをさせていただいたところ、岡崎さんよりコピーのデータを提供いただき、貧富問答が掲載されていることが確認できました。現物の表紙では発行日は昭和29年12月15日、奥付の誌名は「増刊読切小説集 捕物小説祭り号」となっていました。
 なお、左側の画像は岡崎さんよりご提供いただいた画像データを縮小したものです。



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