銭形平次捕物全集

銭形平次捕物控の従来の書誌情報について:

 銭形平次捕物控の掲載年月、掲載誌などの書誌を網羅的に掲載した資料には、同光社版銭形平次捕物全集別巻(昭和29年11月1日発行)に掲載されている銭形平次執筆年表、河出書房版銭形平次捕物全集26(昭和33年1月31日河出書房新社発行)に掲載されている作品年表、河出書房版「国民の文学6銭形平次捕物控」(昭和43年2月25日発行)に野村胡堂年譜として掲載されている大衆文学研究会によるもの、旺文社文庫「随筆銭形平次」(昭和54年10月30日発行)に掲載されている銭形平次作品年譜、文春文庫「銭形平次捕物控傑作選3」(2014年7月10日発行)銭形平次捕物控作品一覧があります。
 今回PDF版の全集を作るのに際して、河出書房版全集の誤植などをチェックする上では、初出誌を参照することが必要であったため、書誌情報を参照したのですが、これらの書誌情報にはかなり多数の誤りが見られ、初出誌を探し出すのには大変苦労しました。このため、一連の書誌自体の再検証をする羽目になってしまったのです。
 同光社版全集の誤りを、以降に出版した本がそのまま引用したものもあれば、同光社版では「不明」となっていたものを「書下し」に断定して、資料的には改悪してしまった例もあります。現物調査による確認を行って、誤記の部分をまとめた資料が下記の表です。

銭形平次作品書誌比較

 河出書房版の作品年表を基準に表を作りましたので、同光社版の執筆年表の内容が同じ場合には「←同左」としていますが、実際には先に出ていた同光社版の年表を、河出書房版の全集がそのまま引用したことを意味しています。
 同光社版の年表では、作品の初出が不明のものを含めて発表年代が定義されており、作品の並び順も定められています。この同光社版の年表を河出書房版は、ごく一部の例外を除いてそのまま引き継いでおり、同光社版全集の刊行以降に発表された作品を補っています。ここで留意しなければならないのは、河出書房は銭形平次捕物全集を作る際に、執筆順に掲載するという方針を立てたのですが、その順序の根拠が、同光社版の年表を引用した河出書房版全集の作品年表である点です。作品の掲載順序に誤りが多く含まれる年表に準拠して、本が作られてしまったという点は、河出書房版全集の欠点の一つとも言えるでしょう。
 河出書房版全集以降に作成された書誌でも、同光社版の呪縛からは逃れられておらず、誤りをそのまま引きずっているものが多いことが目立ちます。旺文社文庫版ではかなり改善されていますが、それでも最新の文春文庫版に至るまで受け継がれてしまっている誤りは多数あります。たとえば、掲載誌がいまなお不明の「蔵の中の死」は同光社版の昭和25年という情報が引き継がれていますが、実際には根拠はありません。「嵐の夜の出来事」も初出は昭和24年ではありません。
 さらに誤記を無批判にそのまま引用した事例が多い点も気になります。例えば旺文社文庫の年表にある誤記と同じ誤りを、文春文庫の作品一覧で繰り返している箇所がいくつかあり、引用に際して資料の正当性の裏づけを怠ったことが歴然としているのです。
 不明の初出誌を発掘するのは大変な作業なので、それが不十分な結果となるのはまだ理解できるのですが、河出書房版、同光社版ではオール讀物への掲載時期を誤っている例があるのには驚きました。またオール讀物は昭和7年12月号までは「文藝春秋オール讀物號」であり、昭和18年には敵性語排斥運動の影響で「文藝讀物」と改題されているのですが、これを考慮した書誌がまったくない点も気になりました。
 また、地方新聞の初出を調べるのは対象となる新聞の数が多いので非常に困難です。特に銭形平次の作品が多く掲載された戦後間もなくの時期には、新聞用紙配給の制約から、朝夕刊は別会社に分離されていたので、調査をさらに難しくしているのです。国会図書館にはマイクロフィルムが無い地方新聞も多く、地方の県立図書館へ問い合わせなければならないこともあります。このため、ここで掲げた地方新聞の掲載時期は、あくまでも一例であって、これよりも数日早く掲載された新聞が他にあってもおかしくはありません。一方、報知新聞については、報知新聞社が出版した社史「世紀を超えて : 報知新聞百二十年史 : 郵便報知からスポーツ報知まで」に連載小説の掲載開始・終了日付が詳しく記載されており、そのデータに基づいて、国会図書館、野球殿堂博物館と、報知新聞社の「個人向け紙面提供サービス」を利用して現物確認と一部のデータの修正をすることができました。なお、初出誌の調査に関しては、戸田和光さんの「銭形平次 作品書誌(私的バージョン)」がたいへん役に立ちました。さらに戸田さんからは新聞広告や新聞社の社史を利用した初出誌の調査法をご教示いただきました。
 このたび銭形倶楽部でPDF版の全集を作るうえでは、これまでかなりいい加減な状態で済まされて来た銭形平次捕物控の書誌情報を出来る限り現物確認によって正すことを目指しました。ただ、残念ながら結果的にはまだ掲載誌が判明しない作品が数編残っています。もし読者諸兄の中になんらかの書誌情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら是非ともご一報をお願いします。また筆者の誤解や誤りがありましたらご指摘願えればと存じます。


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