銭形平次捕物全集

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写真1:記念館の眼下に見える野村胡堂の生家
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写真2さりげなく表示されている館名
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写真3:野村胡堂の胸像と大きな寛永通宝
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写真4:展示室の全体イメージ
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写真5:銭形平次関連展示
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写真6:企画展示コーナー
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写真7:銭形平次に登場する女性一覧
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写真8:名前ごとに登場作品が書かれている


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写真9:野村胡堂関連図書室
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写真10:ずらりと並ぶオール讀物
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写真11:厚さ数ミリの戦中・戦後のオール讀物
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写真12:銭形平次捕物全集など
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写真13:キング、増刊読切小説集など
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写真14:2階のSP盤レコード収蔵庫と蓄音機類
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写真15:銭形平次の展示コーナー
着物に着替えて平次と一緒に記念撮影もできる
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(参考)2017年12月からの企画展
野村胡堂と江戸川乱歩のポスター

野村胡堂・あらえびす記念館訪問記

 2017年の秋に筆者は岩手県紫波郡紫波町にある「野村胡堂・あらえびす記念館」を訪れました。銭形倶楽部の趣旨を前もってお伝えしていたところ、暖かいおもてなしをいただいて、野村晴一理事長様にもお目にかかることができ、さまざまな貴重なお話をうかがうことができました。野村胡堂・あらえびす記念館の訪問の趣旨は、野村胡堂の没後に現在の紫波町公民館に贈られた野村胡堂の自著の蔵書について調べるものでした。しかし、野村胡堂の愛用品や、さまざまな展示品を見て、単なる本探し以上に、野村胡堂という人物のさまざまな面について知見を深めることができたのは大きな収穫でした。ここでは、いささかやぶにらみの記述になるかもしれませんが、野村胡堂・あらえびす記念館の訪問記をまとめて見たいと思います。なお、記事中の写真は野村胡堂・あらえびす記念館より撮影許可をいただいて筆者自身が撮影したものです。

野村胡堂・あらえびす記念館への行き方
 野村胡堂・あらえびす記念館は東北本線日詰駅の東側、約1.5kmほどの丘の麓に建っています。駅から少し離れているので、タクシーを利用するか、盛岡駅あるいは新花巻駅からレンタカーを利用するのが良いと思います。筆者は盛岡駅からレンタカーで行きましたが、所要時間は40分ほどでした。ただ、車で行く場合、途中の道はやや分かりにくいので、カーナビは必須だと思います。また、日詰駅からは約1.5kmですから、歩こうと思えば決して歩けない距離ではありません。

野村胡堂・あらえびす記念館
 野村胡堂・あらえびす記念館自体については筆者のような門外漢が説明するよりも、野村胡堂・あらえびす記念館のウェブサイトをご覧いただくほうがより適切かと思いますので、ここでは筆者のあくまで主観的な印象を記すことにします。(写真の上にマウスオーバーすると画像が拡大されます)
●写真1
 まず、野村胡堂・あらえびす記念館の建っている場所なのですが、丘の麓に建っているため、西側は紫波町の平野が見渡せます。そして記念館から真西方向に500mほど離れた眼下には、建物は建て直されていますが、野村胡堂の生家が見えます。逆に言えば野村胡堂・あらえびす記念館は野村胡堂の生家のすぐそばに建っていることになります。
 記念館の建物は写真で見ていて、立派なことはあらかじめ知っていましたが、実際に建物の前に立って見ると、実に堂々としたモダンな建築物です。想像をはるかに超えるような立派で大きな建物でした。(建物の写真は縮小するに忍びなかったので、このページの最下方に載せてあります。)
●写真2
 建物のコンクリートの壁面にある館名です。うっかりすると見逃してしまいかねないほど、さりげない表示です。この表示の仕方や近代的な建物の外観などは、銭形平次の世界にどっぷりと漬かった筆者にとっては、いささか疎外感を感じるほどなのですが、野村胡堂のファンにはクラシック音楽、レコード愛好家や研究家もいるわけですから…、と考え直して玄関のドアを開けて中に入ります。
●写真3
 しかし、建物の玄関に一歩足を踏み入れた途端、コテコテの銭形平次の世界にいきなり突入します。建物の外観と、この玄関内の雰囲気の落差はかなり凄まじいです。玄関の正面にあるのは野村胡堂の胸像で、これ自体はまあ当然のような気もしますが、実はこの胸像は銀座の料理屋の「銭形」の創業者が贈ったもの。背後には巨大な寛永通宝のレプリカが置いてあります。ちなみに銀座の「銭形」はランチが900円の、銀座の印象からは程遠い、至って庶民的なお店です。屋台から起業した店で「大衆にいつまでも愛される店にしたい」という創業者の思いが引き継がれているのです。
●写真4
 300円の入館料を払って、展示室に入ります。左側は野村胡堂の生い立ちから盛岡中学時代、一高、東大法科、報知新聞入社などの野村胡堂の前半生について展示されています。盛岡中学の同窓生には金田一京助や、後年海軍大将、総理大臣となる米内光政などがいます。東大在学中に父親が破産し、野村胡堂は東大を中退して報知社(後の報知新聞社)に入社します。(当時の報知新聞は、郵便報知の流れを汲む伝統ある新聞社でした)
 この展示コーナーを見ていると、野村胡堂は当時の一流の知識人、超がつくほどのエリートであったことがわかります。野村胡堂はクラシックのレコードの収集家・評論家としても著名ですが、それはエリート知識人の側面に由来するのかもしれません。
●写真5
 展示室の中央の展示台には野村胡堂愛用の眼鏡や万年筆などが展示されていますが、その右側は著作物のコーナーになります。右側の壁面の奥が、捕物小説、銭形平次関連の展示コーナーになります。「恋文道中記」が掲載された「妖奇臨時増刊」や中央公論社の「銭形平次捕物百話」、杜陵書院の「百話以降銭形平次捕物全集」、同光社磯部書房版の全集などの本が置いてあります。昭和20~30年代の映画全盛期には銭形平次はさかんに映画化されましたが、そのポスターなどもあります。
●写真6
 野村胡堂・あらえびす記念館では、年2回、通常の展示に加えて企画展を開催しています。筆者が訪れたときには平成29年度の第1回企画展の展示が残っていました。そのテーマは「江戸女人録」、銭形平次捕物控のうち、嶋中文庫版の150編と、文春文庫の「銭形平次傑作選」3冊に掲載されている作品から、それらに登場する女性を丹念に拾い上げたという企画です。野村胡堂・あらえびす記念館の女性スタッフが作品を読んだ上で、手作業でまとめたのだそうです。
 銭形平次捕物全集のPDF化の作業していると、1作ごとに入力、初校、再校、PDF化と都合4回は読み直すことになるのですが、読後に鮮烈な印象が残る作品には、やはり強烈な個性を持った女性キャラクターが登場するものが多いのです。銭形平次捕物控の魅力を支える一つの要素が、主役や脇役で登場する女性キャラクターです。そういう点でとても秀逸な企画のように思えました。
 ちなみに銭形平次捕物控の作品を読んでみると分かりますが、登場する女性キャラは、圧倒的に多いのが「ハッとするような美女」。平次はしょっちゅう、「ひと目見て思わずハッと」しているのです。そうでなければかなりの醜女、あまり、「どちらでもない」という女性は登場しません。
●写真7
 平次の女房のお静と、石原の利助の娘、女御用聞と異名を取るお品、この二人の女性が別格の存在であることは当然なのですが、お静と、お品は、他の登場人物には名付けられていないことが分かります。まあ、改めて考えてみれば、当然ではあるのですが、お静はともかくとして、お品も他の人物に名付けられていないのは、少し意外な感じもし、改めて教えられたことです。頻度が多い名前は、お吉とお雪、強い印象が残るお勢やお六がこれに続くようです。
●写真8
 写真7の拡大です。それぞれの名前の紙には、その人物が登場した作品名と作品の発表年度が記載されています。なかなか芸が細かいというか、かなりマニアックな展示です。(例えば、「縁結び」に母親で登場するという「お倉」、筆者はぜんぜん覚えていませんでした。)
 ところで、この企画展は手作業で調べるしか方法はなかったそうですが、確かに銭形平次のデータベースは筆者は見たこともありません。ところが、今回の全作品のPDF化が完成すると、手許には全作品のテキストデータが残りますので、それを使えば銭形平次のデータベースができることになります。例えば、ガラッ八が「大変ッ」と飛んで来る作品はどれとどれ?「石見銀山」はどの作品に登場するか?などという検索は瞬時にできるようになるでしょう。データベース化は前から考えてはいたのですが、この企画展の女性スタッフの苦労の成果を見て、改めてデータベース化の必要性を感じたのでした。
●写真9
 今回の訪問のメインテーマであった図書室です。やはりここには「胡堂文庫」が残っていました。「胡堂文庫」には、岩手県立図書館に贈られた野村胡堂の自著以外の図書を集めたものと、現在の紫波町公民館に贈られた野村胡堂の自著を中心とするものがあります。野村胡堂の自著を中心とする後者は、紫波町公民館に問い合わせたところ、以前は公民館内の図書室にありましたが、その後、紫波町立図書館ができたときに、紫波町立図書館と野村胡堂・あらえびす記念館に分られて配られたようです。紫波町立図書館は蔵書検索システムがあるので、すぐに調べられるのですが、河出書房版全集以外にはあまり古い本は残っていないようでした。そこで、野村胡堂・あらえびす記念館には何が残っているのかを調べたかったのです。
●写真10
 オール讀物が収められている本棚です。左側の下から2段目には、創刊から2年あまり続いた「文芸春秋オール讀物號」が置いてあり、その下の段、中央の4段、右側の上段と続きます。企画展用に持ち出されているものがありましたが、ざっと見たところでは欠号はほとんど無いようでした。国会図書館や日本近代文学館にもオール讀物は網羅的に残っているのですが、国会図書館はマイクロフィルムの公開で、日本近代文学館はDVDによる閲覧が基本です。このため、現物を手にとって見る機会は決して多くはないのです。
 やはり現物を見ると、思うところがかなりあります。例えば昭和13年4月に出された「オール讀物臨時増刊皇軍慰問全集」は版型が普通のオール讀物より小さいのですが、パッと見てそれがわかります。(中央上段の右側から4冊目です)
 これだけオール讀物の現物が揃って目の前に展示されている図書室は他にはあまりないと思いますが、それにも増して筆者が感激したのは、たまたま手にしたオール讀物に「贈呈」のゴム印が押されていたのを見たときです。雑誌の出版業界では、筆者と広告出稿社に対して掲載誌を献本するのが慣わしで、贈呈印はその本に押されるのです。つまりここに置かれているオール讀物は、文藝春秋オール讀物編集部から、筆者の野村胡堂に贈られた本であることが分かるのです。
●写真11
 写真10の中央の書棚の下から2段目の拡大写真です。昭和17年11月号のオール讀物から、文藝讀物に改題され、さらに昭和21年10月の復刊を経て昭和24年12月号までが写っています。戦時中に戦局が厳しくなるにつれて、急激に本の厚さが薄くなっていくのがわかりますが、戦後はむしろ再刊時の昭和21年末よりも、昭和22年の後半から昭和23年いっぱいの期間が、出版社にとって最も厳しかったことが如実にわかります。この時期のオール讀物はわずか6mm程度の厚さしかありません。その逼迫した紙面の中でも銭形平次捕物控の連載は続けられたのですから、いかにオール讀物編集部にとって銭形平次が貴重な存在であったかが、改めてうかがわれるのです。
●写真12
 中央の本棚に銭形平次捕物全集が置かれています。上側の2段は同光社磯部書房版の全集。3段目の茶色くなった箱の本が、日々筆者が悪戦苦闘している河出書房版全集です。4段目の右側には青樹社の「新撰銭形平次」が置かれてありました。全集の背表紙には「胡堂文庫」のラベルが残っていました。おそらく公民館の図書室に置いてあった頃に貼られたものでしょう。
 今回の調査のテーマではなかったので、一瞥しただけなのですが、好事家にとっての宝の山は、どうも全集の左側の本棚でありそうです。ここには児童書として出版された銭形平次の単行本などが置かれているようです。橘出版が出した貸本屋向けの漫画の単行本の銭形平次捕物全集らしき本もありました。児童書は残っている本自体が非常に少なく、古本屋に出てもすぐに好事家に買われてしまうので、探すのは難易度の高い分野なのです。
●写真13
 銭形平次捕物控が掲載されたキングや、捕物作家クラブとは深いつながりがあった読切出版/荒木書房の読切小説集などの雑誌が置かれているのですが、事前に想像していたよりは雑誌は少なく、特に昭和25年以前の雑誌はあまり残っていないようでした。今回の訪問では、図書館に見当たらない「増刊読切小説集(昭和29年11月)」などがひょっとしたらありはしないか?と期待していたのですが、少々残念な結果になりました。ただ、それには理由があるらしいことも、まだ想像の域を出ないのですが、納得するところがありました。これについては別の機会でまとめようと思います。
●写真14
 2階の収蔵室には「あらえびす」の野村胡堂が蒐集したSP盤のレコードアルバムが保管されています。これは野村胡堂が東京都に寄贈したものが、野村胡堂・あらえびす記念館に移管されたものと思われます。ただ、この2階の展示室に置かれているのは、収蔵品の一部であるように思われます。またこのコーナーには各種の蓄音機も置かれています。
●写真15
 1階の展示室を出たところにある銭形平次のマネキンです。女性には着物の貸出しがあるようで、平次と一緒に記念撮影が出来るようです。ところで、この平次なのですが、子供だましなどとあなどってはいけません。よく見ると、平次のマネキンは、通常の男性像よりもかなり浅黒いのです。「すこし浅黒い平次」は銭形平次捕物控にはしばしば出てくる表現なのですが、きちんと「再現」されているところは、なかなかだと思いました。


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